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2008年4月20日 (日)

続 看取るとは?

大きい病院に勤務する医師のことを、よく患者を実験台にしていると話す人がいますが、そういう思いはなかったとしても、結局のところ利用者さんからいろんな意味で勉強させていただき、そのことで物事を吸収しているんだなあと感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

今回の記事のタイトルは続:看取るとは?ということで、前回の記事の続きです。余命1週間ぐらいですと言われた利用者さんは、その後も毎日訪問看護を利用し点滴をしながら家族の方が付き添いで在宅介護を継続している状況です。一昨日、顔を出してきましたが、利用者さんはだいぶ痩せた感じを受け、反応もとぼしかったです。しかし死を迎えるにあたり、どこかゆったり時間が流れているような印象を受けましたし、何より家族の方が傍にいるというのは心強い感じがしました。

後者の利用者さんですが、○日の午後4時ごろ、ヘルパーが自宅に訪問するとほとんど意識がなく脈もふれない。家族もいないとの連絡を施設で受けました。以前、ケアマネから看取るような話は聞いていたので、このままにするべきかどうか悩みましたが、家族が誰一人その現場にいないにも関わらず看取るというのもどうかと思い、自己判断で救急車を要請することを判断。現場の職員には対応をお願いし、職員を一人自宅に応援にいかせる。自分は主治医や家族に電話連絡などを行い状況を伝えるなど連絡調整を行う。医師も看取るということをなんとなく気にとめていたのか、少々決断に困っているような状況でもあったり、搬送先をどこにするのか決断が下せないようであったので○○病院を打診し了承をもらう。それをまた現場の職員と家族に伝える。その後、救急車が到着したとのことで○○病院に搬送されるが、結局のところ甲斐もなく死亡となる。

それでも家族からは、救急車で搬送したことに関しては指摘もなく、精一杯対応してくれたので心強かった。ありがとうとの言葉をいただいた。ほんとうれしいかぎりであるし、実際に担当した職員や現場の主任には、何度も頭を下げていたのが印象的であった。今回の件でいろいろ勉強させてもらったし、これからはこういうケースがもっと増えるだろう。何よりも職員と家族の信頼関係がすべてを左右すると改めて感じさせられた。

これも何かの縁なのか5月22日の午後に弘前文化ホールにて「終わりよければすべてよし」という映画が上映されるという案内をいただいた。この内容のテーマは、ずばり在宅介護や在宅医療であり、看取るというところも当然内容としてはいってくるものと思われる。いろんな意味でまた勉強しようと思う。ちなみにみたい方がおられましたらべかちゃんまでメールください。

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コメント

在宅での「みとり」、安易には携われないが本人の意向と確認、家族の意向と確認、支援体制を整えることから在宅での「みとり」を実現したい。
しかし、家族がいて「みとり」の瞬間に家族がい合わせないときのことまでは考えていなかったです。たしかにあり得ます。
現場判断でいいのか、そこまでも想定しておくべきか、悩みます。
でも、現場判断では現場の負担が重いのではないでしょうか。
そういう時こそ法人が責任を負うようにしたいです。

syounosukeさんへ
どうも。初コメントありがとうございます。
方向性をさだめておいて、それを法人が理解しておき、後は現場判断なのかなと。このことに限らず現場の責任は全て法人がかぶるものだと個人的には思ってます。ちなみにもう一人の利用者の方も昨夜お亡くなりになったそうで、家族・訪問看護の方が利用者さんの側にいて看取りが出来たとのお話を、本日電話にて聞くことができました。
私も偉そうなことを毎回書いていますが、まだまだです。今後ともいろいろご指導いただければと思います。

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