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2008年8月

2008年8月31日 (日)

宿題

24時間マラソン、エドさん頑張ったなあと感心している場合じゃない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

昨日に続いてのお山参詣のネタなんですけど・・・。30日朝6時に相馬福祉館に集まり、初めてのまわし、初めての藁草履を体験。まわしの締め方って以外と奥が深く、なんでまわしが締まるのか理解しがたかったが、とにかくその締まり具合に男でよかったなあと感じた(伝え方が下手ですみません)。藁草履は以外とクッション製が高いということがわかったが、私みたいな偏平足にはなじまず、とにかく足の人差し指と中指の間が痛い。その他靴擦れが数箇所出来ていた。

ただ、なんだかんだ言っても岩木神社に到着し、参詣が終了するとやり遂げたという思いでいっぱいであった。

その後は地域の方とビールや酒を飲みながら、他のお山参詣有志会の囃子を聴いたり、幟をみたり、いろいろな醍醐味があることを知ることが出来た。ちなみに一緒に同行した職員さんは、夜の登山のためなのか本当に疲れてしまったのかわからないが昼食後眠りについていた。私はというとがっつり飲みすぎたのか・・・、いろんな疲れが出てしまったのか・・・。16時半頃寝た後、19時頃に目覚めたときには、ひどい頭痛で登山を断念し、かみさんに向かいに来てもらう。かみさんからは、登山のためにあれだけ食料や衣類などを準備したのに、なんという体たらくとひどく叱咤される。こちらは苦い思い出となった。

そのおかげか、31日の今日は長女の走りっぷり(初めての陸上の試合)を見ることができた。とても自慢できるものではなかったが、自分の今の100mのタイムを知ることができ、やる気が出てきたと語った長女。なんだか頼もしい。

来年に向けて、私は朔日山をみること。長女は100m走のタイムを縮めること。お互い新たな宿題が出来た。その前に、まずは成年後見人のレポート提出か・・・。

2008年8月30日 (土)

懺悔懺悔

一昨日あたりから、どうも天気が思わしくない。まるで、岩木山が、私の入山を拒んでいるかのように思えてならない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

いよいよお山参詣当日を向かえました。(http://www.hirosaki.co.jp/htcb/sightseeing/iwaki/oyamasankei.html)これをよき機会だと思って地域の方と交流したり、普段の行いを悔い改め、身も心も清めたいと思っています。昔は、もっと過酷な行事だったらしく、1週間くらい前から、毎日水を浴びたり、肉などは控えたりしたものだと利用者さんからおしえていただきました。

あと二時間後には出立の準備です。もう一眠りしようと思います。

2008年8月20日 (水)

まんずよかった

昨夜のマグネットでのホイドーズのライブ、言葉や記事で書けないくらい、まんずよかったです。

最後に鉄マン、ライブ中はうちの名前は出すなよ。照れるから・・・・・・・・・・。俺らしくないか!!

2008年8月19日 (火)

ナッチャンRera

楽しかった今回の北海道の旅も終了である。今回は函館→青森間はナッチャンRera(http://www.higashinihon-ferry.com/natchanrera/index.html)に乗船することにした。普通であれば函館→青森間を約4時間かかるのだが、この船は約半分の2時間で着いてしまうという世界最大級・最高速のフェリーだそうである。

これは私の個人的意見なのだが、最速であるためかデッキに出て海を眺めることは出来ないとのこと。実に寂しい。私が修学旅行の時は函館まで青函連絡船に乗り、そのデッキでイルカなどをみたものである。人間、何か時間に振り回されすぎてないかい。もっとゆとりをもって暮らしてもいいんじゃないだろうか・・・なんてことを考えてみた。

それにしても楽しい有意義な旅であった。さあ、旅から戻った後は弘前マグネットで開催されるホイドーズライブである。ホイドーズTシャツを家族みんなで着て、彼らに会いに行こうじゃないか!!

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ウニ漁見学

いよいよ最終日なのだが、この日は朝からウニ漁をするとのことで、実際に収獲してきたウニを漁師の奥様達がさばくので、見に行ってはどうかと勧められ、子供達(長女・長男・いとこの子)と見学に行く。実際にみて思ったことは、漁師あるいはその家族できちんと役割分担されているんだなあというふうに感じた。(叔母さん曰く、収獲してきたら、後は女性の仕事だそうである(陸の仕事)。

そんなめずらしい物をみれる機会なのに、子供達は海で小さいかにをとったり、貝探しをして予定の出立時刻より遅れている。さあ、早く函館に向かおうじゃないか!!

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2008年8月18日 (月)

風と海の町

この日の夜は、寿都町(http://www.town.suttu.lg.jp/index.html)の親戚宅で夕食を食べ、就寝。それにしてもその夕食って言ったら、あわびは出てくるし、ウニはでてくるわでほんと3年分のあわび・ウニを食べたと思う。また、これってすし屋さんで食べたら、幾らぐらいかかるんだろうと考えると顔があおざめるぐらいに・・・。

いとこの子に長女と同学年の女の子がいるのだが、一緒に食べようと話すと、いつも食べて飽きてるから食べない。むしろオムレツを作ってほしいとの要望があったとのこと。彼女にとっては、オムレツのほうがご馳走らしい。環境ってすごいものだなと感じた。ちなみにこの女の子にも弟か妹が11月に出来るらしい。無事に生まれることを心から祈っている。

写真は海から撮影した親戚宅の写真とその風景である。

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ルスツ

この日は私の親戚が住む寿都町に向かうため、途中、ルスツの遊園地(http://www.rusutsu.co.jp/summer/amusement/index.html)で楽しもうと思い、朝から出かけることとした。到着は昼前であったが、子供達もそれぞれ乗り物を楽しみ、私も久しぶりに絶叫させていただいた。それにしても歳を重ねるごとにジェットコースターへの苦手意識が増している・・・。なんでだろうなあ。

今から7年ぐらい前になるだろうか。長女を義理の母に預け、かみさんと久しぶりにデートを楽しんだ時とは違い、ルスツもだいぶ内装や景観など変わっていたのが印象的であった。見た感じでは、千葉の某遊園地を目指しているような印象を受けたが、使わない乗り物がお客さんの目についたり、乗り物に誘導する職員の接遇のイマイチさ(タチの悪そうな客に対して、いささかムッとしている様子がみられ、他の客とは声がけがはるかに違っていた)など、せっかくそのようなコンセプトで頑張ろうとしていてもどこかマイナスの部分があるとそれだけで楽しみが半減してしまうというこわさを感じた。これは福祉職においても同じことと言えるだろう。人の振りみて我振りなおせである。

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2008年8月17日 (日)

南幌仮装盆踊り

この日の夜は、義理の弟が勤務する南幌町(http://www.town.nanporo.hokkaido.jp/)で仮装盆踊りが行われるとのことで、初めて足を運んだ。義理の弟も含め、南幌町役場青年部はドラキュラに扮していたが、うちの長男がこわがる程、完成度が高かった。そのほかにも、ゲゲゲの鬼太郎キャラクターや小林幸子並みの蝶の仮装、子供達に大人気アンパンマンキャラクターなど、総勢2~300名程度の方が仮装で踊られていた。これは毎年行われている行事らしく、地域の方が愛する行事となっているらしい。市町村合併がすすみ、地域のお祭りの予算もだいぶ節約されたりしているとの話をよく聞く。お祭りは地域の活性化は勿論のこと、そこに住む人達の楽しみだったり、生きがいだったり、誇りだったりするものである。何にお金をかけ、何を節約するべきか議員様や役所職員には吟味していただきたいと思う。

ちなみにお祭り好きのべかちゃんは何に扮すると言われ、江頭2:50分というとかみさんに失笑されてしまった。大西ライオンのほうがよかったかなあ?

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誤解していたスープカレー

円山動物園で楽しい時間を過ごした後は、若者(若者とは言っても私とかみさんとかみさんの妹)と義理の父母・子供達に別れての行動をとることにとした。それも札幌のスープカレーの有名店であるmagicspice(http://www.magicspice.net/)という店を義理の妹より紹介されたのだ。

私はビーフカレーの極楽(辛さの度合い)というのを食べたのだが、私が予想するスープカレーいわゆるカレーのゆるいものとは全く異なり、薬味を感じるようなスパイシーな印象であった。義理の妹いわく、スープカレーとは言っても店によっては全く異なる味を体験することが出来ると言う・・・。ラーメンもよいが、北海道を訪れたときは、各有名店のスープカレーを食べるというのもなかなか乙な旅と言えそうだ。ちなみに後2件程、スープカレー店を教えてもらった。早く食べてみたい!!有名人の写真もいっぱい貼られていたし、その注目度が伺える。

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円山動物園

昨夜は、寿司と義理の弟の奥様と義理の妹によるラーメンサラダを食し、子供達と花火をやって楽しく過ごしたにも関わらず、今日は朝から円山動物園に行くことになりました。本来であれば旭山動物園に行きたいところでしたが、時間配分を誤ってしまった・・・。

でも、この円山動物園もなかなかのにぎわいであったし、ライオンがエサ(鶏肉)を食べるシーンを間近に見たり、子供達はブレスレットを自ら作製したりと楽しめたようだ。残念だったことは象がいなかったこと・・・。今では、なかなか動物園に来るまでの過程でいろいろな問題があるようで、なかなか皆様さんの期待に応えることが出来ずすみませんと書かれた看板があった。いつの日か象が動物園で飼育できるようになるよう心から祈りたい。

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2008年8月16日 (土)

谷津フェスタ

運転をかみさんと交代しながら、朝7時にかみさんの実家、北海道長沼に到着。

数時間寝た後、かみさんの母親の親戚一同で集まる谷津フェスタに参加。総勢、約40名が参加する大規模なイベントとなった。例年、いつもこのぐらいの人数は集まるのだが、やく3年ぶりにイベントに顔を出したためか、さらに激励を受け、ビールをたらふく飲むよう勧められる。勿論ジンギスカンなどの影響もあってかビールがすすんだのは言うまでもない。

焼肉が終了し、最後に義理の父が還暦ということで花束をいただく。今でこそ、ここまで至っているが、くもまっか出血発症当初は、とてもここまで回復するとは思えなかったので、人間の脳ってやっぱり未知である。

それにしても、この谷津フェスタに初めて参加したのは今から10年前のこと。当初は、ソフトボールやソフトバレー、グランドゴルフなどいろいろ競技を行った後に焼肉というのが習慣でしたが、今では高齢化に伴い、ここ2年ぐらいは競技自体をやらなかったそうですが、アルコールを飲んで勢いがついたのか来年こそは競技を復活させようということで卓球を行うということで親戚若者一同で話がまとまりました。そのほかにもいろんな珍話を聞くことができ、有意義で楽しいひとときを過ごすことができました。

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函館到着

16日の2時に函館到着。ほとんどフェリーで寝て過ごす。

昔はビールを飲んでひと眠りし、起きてから札幌へという日程だったのですが、今では酒気帯び等もだいぶ厳しくなったので、一滴もアルコールを飲むことなくジュースを飲んで眠るだけ・・・。なんとも寂しい限りです。

写真はフェリーで撮った函館の夜景です。

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2008年8月15日 (金)

いざ北海道へ

ここ2年程、かみさんの実家に顔を出していなかったので、今年こそは還暦をむかえようとしている義理の父に少しでも孝行したいと思い、北海道行きを約1ヶ月前に決め、ようやくその日をむかえた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

義理の父には、私がかみさんをいただくときに結納金として50万しか準備することができなかったのですが、それに加えてその50万全てを今後の電化製品にまわしなさいと全額私に戻していただいた頭があがらない方であり、また、3年前ぐらいにくもまっか出血を患ったりした際でもあまり協力することが出来なかったという思いもあってか、今回はなんとしても足を運ばなくてはという固い決意で、自分が管理する在宅部門が多忙にも関わらずお休みをいただき行くことにしました。

というわけで、これから始まるべかちゃんの3泊5日の珍道中。今回は趣向を変えて出来事ごとに書きたいと思っています。まずは15日の夜8時から青森フェリー港へ。子供達は大興奮で説教しても全く効き目がない。この先どうなることやら・・・。

2008年8月10日 (日)

他事業所のまつりに参加

ねぷたの疲れも幾らか抜け始めてきている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

9日は公私共にお世話になっている老人保健施設希望が丘ホームの夏祭りが行われました。私が勤務する施設の夏祭りあるいは理事長様の交友関係とは、まるっきり正反対なこぢんまりとしたお祭りではありましたが、職員の方が、一生懸命練習したであろう函館名物いか踊りや、ボランティアでヨサコイを披露しにきていた厚生学院の生徒さんの起用など、ここ最近、ボランティアをしてくれる人数が少ないのを課題にしているうちの施設だけに勉強させていただいたなあと思っております。

ちなみに私の一番楽しかったこととしては、厚生学院の生徒さん達と一緒にヨサコイを踊ったことです。若い子とラッセララッセラとよっちょれを踊る。若手の芸人がネタにしている「なんだか今日いけそうな気がする~」と絶叫したくなるくらい楽しかったです。その後ですが、テンションが高くなりすぎていたためか、右のふくろはぎが肉離れをおこしたようです。湿布でもしようっと。

まだ他の施設でも夏祭りあるいは納涼祭が行われる予定のはずです。少しでも足を運んで、いろんなことを吸収させていただきたいと思っています。

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2008年8月 8日 (金)

津軽のもつけ

私の夏も昨夜で終了。少し精神的にも体力的にも充電期間に入ろうかななんて思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて、私の今年の夏も実に充実した1週間を送らせていただきました。その日々を振り返りながら書きたいと思います。

まず、初日である1日は地元のねぷたである柏木町のねぷたに参加しました。残念ながら、この日から長男は両耳の手術で耳鼻科に入院したわけですが、長女は長女なりのお友達とのつきあいがあると思われ、一緒に参加し、町内をヤーヤドーと掛け声しながら綱を持ち歩きました。

二日目は職場でお世話になっている相馬のねぷたに参加しました。この日は残念ながら悪天候。雨が降り、ねぷたに参加したいと申し込んでくれた利用者さんが帰りたいと話しはじめ、ほとんどの方が合同運行出場を辞退。おまけにねぷた自体もトラブルがあった模様で、当初予定で話していた順番よりもだいぶ遅めの運行となってしまい、さらに参加者が減ってしまう。そういう悪天候の中でも、ねぷたに参加したいという利用者7名がいたためか上長も根気強く雨が晴れてくれるのを待つ・・・。結局、雨自体は幾らか降ったものの許容範囲ということで合同運行開始。利用者さんもみなさん楽しんでもらえたようだ。これは結果論でしょで片付けたくはない話なのだが、正直なところ、だいたいの職員はこんな雨降りに決行してなんの意味があるのか?と思ったり、諦めかけていた職員がほとんどであったと思う。事実、私もその時はそう思ったし、今でもそう思っている職員がいるかもしれない。ただ、我々もそうだが、利用者さんもひょっとしたら、来年は確実に生きているという保証はないのである。その時、その時の本人の思いを尊重しながら、よい方向にいくよう援助するのがケアの基本であろう。ということは、その思いが上長よりもなかったということだろう・・・。今思うに上長はよい判断をしたというのが私の見解である。

続いて三日目はまた地元の柏木町のねぷたに参加し、平川市のねぷた合同運行に参加。結果は、昨年より少し順位が下がったものの銅賞。立派な成績である。何日か前に小さい金魚ねぷたを作るため、地区の母親の方や子供達と公民館に集まり、一緒に作った金魚ねぷたが受賞するにあたり何らかの貢献が出来たのかなあと考えるとうれしいものである。

折り返しの四日目・五日目・六日目はさくら組に参加。(参加するにあたっての経緯は昨年の同時期のブログの記事をみてほしい。http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_be7b.htmlhttp://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_d71e_1.html)弘前でも稀な担ぎねぷただが、今年は、なんとチームレフトというチームを結成することになった。これは、さくら組のねぷたを担ぐ際は必ず左側でねぷたを担ぐということにこだわりをもつ有志のチームで、初対面で意気投合したK君とKさん、友人Y君とラグビーつながりで先輩のSさんと私の五人のチームである。これからもっとそういう方が増えれば、もっとたのしいねぷたができるんだろうなあと思うと年甲斐もなくワクワクしてしまう。このほかにも太鼓の叩き方などを教えてもらったりと、ほんとに楽しい時間を過ごすことができた。また6日目打ち上げ終了後には5人で夜の鍛治町へ・・・。歌やお酒で大いに盛り上がり親睦を深めることができた。ちなみに長男だが、二日に両耳の手術をし、三日は退院。5日はさくら組の小さいねぷたを押し、元気にヤーヤドーを連呼していた・・・。実にもつけである。

さて最終日。この日は前日のお酒も残る朝6時15分に柏木町ねぷた小屋入り。人が少ないとのことで、急遽だがねぷた本体を押したり、じょっぱり太鼓を押したりと会に貢献することが出来たと思う。地域の人からもあの若者、ずんぶ頑張ってくれるっきゃと言っていただき、来年の平川市でのねぷたの活動にもはずみがついた。中には、消防分団に入らないかと声をかけてくれた方もいましたが、さすがにそこまではと良い返事をすることは出来なかったが、いろんな意味でよい経験が出来たと思っている。というか朝7時から合同運行し、夜の9時までお酒を飲むんだから、体力的にものすごいきつい。私は志半ばで帰宅させていただきました。(ねぷたのもんどりこ~ ヤーレ・ヤーレ・ヤーレヤー てな感じでした。)

こんなねぷた漬けの毎日は今回が初めてである。今までで、これほど自分のことをもつけと思ったことはない。(もつけの意味:調子にのりやすい。(飲めと言われれば飲み、踊れといわれれば踊る人)ひょうきん者・変わり者)

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2008年8月 1日 (金)

新規1件

成年後見人のレポート提出が今日までの締め切りであったため、ここ三日間は早起きし、必死こいてレポートを書いている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

そんな、まだ養成研修やレポートの提出が終わっていない私ですが、社会福祉士会のご好意のもと、新規の方を一件やってみないかとの話をいただきました。なかなかの困難事例であるのに加えて、初めての方は引き受けないほうがよいと言われている保佐人(精神上の障害により判断能力が著しく不十分な者を対象とする。家庭裁判所の保佐開始の審判により、保佐人を付すとの審判を受けたものを被保佐人、保佐の事務を行う者として選任された者を保佐人とよぶ。保佐人は、13条1項に定める重要な財産行為について同意権および取消権、追認権を有し、さらに、当事者が申し立てた特定の法律行為についての代理権を有する。ただし、代理権の付与は、本人の申立てまたは同意に基づく別個の審判が必要である。家庭裁判所での手続上は、同時に並行して進められる。)、さらに報酬の見込みがほとんどありませんと家庭裁判所からの意見など、何一つよさそうな点は見受けられないのですが、利用者さんがいるからこそ勉強が出来ると思って、いろいろな方から助言をいただきながら引き受けさせていただこうと思っています。

それはそれとして、家庭裁判所の対応に関してよろしくないと思われる点があります。それは報酬の見込みがないと書かれている点です。以前の記事にも書きましたが、保佐人になれる職種は社会福祉士に限らず弁護士や司法書士でもよいはずなのに報酬の少ない仕事は断ってくると思っているのかあるいは現実がそうなのかは今のところわかりませんが、どうも報酬のない事例を社会福祉士に依頼しているのではないかという話が聞こえています。同じ仕事をしているにも関わらず、福祉の人だから無料でよいだろうという視点では困ります。プライベートや自分の資産である自家用車を使い、あるいは仕事の最中でも緊急時などは対応しないといけない。また知識や技量的にも能力が必要な後見人に対して、ケアマネジャーの介護報酬より低い報酬だとすれば、それはとても見合うべき仕事とは思えません。(報酬に偏った話をしているようですが、同じ仕事をしているのに一部の資格のみ高い報酬がもらえる制度って普通に考えればおかしいですよね。)

半ば行政の責任を請負っている責任のある仕事だと思うし、きっちりと仕事に対して見合うべき報酬を出していただくよう市長にも認識してもらいたいです。というわけで、今後は市長申し立てが出来るよう、市には要求していきたいと思いますし、そのためには議会で可決されないといけません。私なりのツテで、私なりのアクションで少しでもよい方向に変えれるよう今後頑張っていきたいと思っています。

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