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遺言

2011年5月14日 (土)

裏の努力

最近の天気予報は、ほんとにあてにならないなあと感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

今日も桑田真澄さん著者の心の野球から書きたいと思います。桑田さん曰く、努力には表と裏の努力がある。例として野球選手であれば、表の努力とは、ランニングをしたり、打撃・守備練習等をしたりすること。要するに技術や体力をつける練習。

では裏の努力とは?トイレ掃除だったり、草むしりだったり、挨拶や返事だったり、ゴミが落ちてたら拾うことだったり、玄関先で靴が乱れていたら揃えるなど。事実野球とはまったく関係のない努力だが、人の見えないところで善い行いをするということは、運とツキと縁を貯金してくれると信じている。表の努力が全てではなく、目にみえない裏の努力も含めて、その人の実力になるのだと思うと書かれていた。実にすばらしい考え方だと思う。

話は少し変わるが、ある総会である方が話されていた。「中国のあるえらい人が言ってたという。今回の震災で、暴動が起こらない日本という国はある意味すごい国だと。中国ではまず考えられない。中国の教育がどのように成っているのかよくわからないが、個人的には子供からの教育という点に違いがあるのではないか」と話されていた。

最後に教育のことはうちにはよくわからないけど、裏の努力は、今後コーチをする身として大事にしていきたいなあと思っています。

2011年5月10日 (火)

心の野球

ソフトボールの練習ですっかり日焼けしてしまった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

連休前に友人からソフトボールのコーチをやるのであれば桑田真澄さん筆者の心の野球を薦められ、連休中に読んでみた。正直、いろいろ考えさせられることが多く、よい勉強になったと思うので、何回かにわけてブログに書き記しておこうと思う。

今日は努力について書きたい。努力というと一心不乱に根性だけで練習に没頭するというイメージが強い。がしかし、桑田さんの解釈は違う。超効率的努力。つまり、一番大事なことは努力の質だということ。1000本ノックや素振りも確かに大事だと思うけど、それより毎日10分や15分小さな練習を継続して行うほうがよっぽど身になるということ。

皆さんもこういう経験をしたことがないだろうか?試験等で1週間前から勉強するつもりが、結局は出来なかったり、あるいは何時間勉強しても頭に無理に詰め込むため、復習すると全く暗記できていなかったなど・・・。それよりも短時間、コツコツと毎日勉強するほうが、集中力もとぎれにくいし、わずかな苦痛で済んだりする。実際、私もこれまで資格を取得する際は1日5ページとか10ページ読むとか決めて合格できたことを考えると、桑田さんの書いていることは最もだと思っている。

まずは、これを実践できるように子供達に助言できればいいなあと思う。

2009年7月12日 (日)

一文字いただきました

昨夜は我が家で焼肉会(ジンギスカン)。おかげさまで、朝9時ごろまでゲゲゲの鬼太郎でかなりしんどかった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

6月23日に書いた記事「義」で、旗をホイドーズ鉄マンに依頼していましたが、その旗が完成したそうでありがたくいただきました。

この旗を自分の行動指針として大事に使わせていただきます。子供達に遺言ですが、困ったときにこそ手を差しのべてくれる友達をたくさん作ってほしいなあと思っています。

最後に鉄マンありがとう!!

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2009年6月23日 (火)

「義」

だいぶ蒸し暑くなり、寝苦しくなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

私の尊敬する人物は上杉謙信。(ちなみに今放送されている天地人の影響ではないのであしからず。)敵に塩をおくるような器のでかい人物になりたいと思っている。そこで居宅介護支援事業所くんぷうしゃを7月1日に開設するにあたり、自分の旗印を考えてみた。

いろいろ考えてみたが、最終的に決まったのが「義」である。これをものさしに、今後は行動するつもりである。というわけで、実際に旗を作ることにし、ホイドーズ鉄マンに仕事を依頼した。完成したら事務室に貼ろうと思っている。

ちなみに上杉謙信が遺した上杉家家訓十六箇条「宝在心」というものがあるそうなので、それを書き記しておこうと思う。

 ・心に物なき時は、心廣く體泰(からだ やすらか)なり

 ・心に我儘(わがまま)なき時は、愛敬(あいきょう)失はず

 ・心に慾(よく)なき時は、義理を行ふ

 ・心に私(わたくし)なき時は、疑ふことなし

 ・心に驕(おご)りなき時は、人を敬(うやま)ふ

 ・心に誤(あやまり)なき時は、人を畏(おそ)れず

 ・心に邪見(じゃけん)なき時は、人を育つる

 ・心に貧なき時は、人に諂(へつら)ふことなし

 ・心に怒(いかり)なき時は、言葉和(おだや)かなり

 ・心に堪忍(かんにん)ある時は、事を調(ととの)ふ

 ・心に曇なき時は、心静(しずか)なり

 ・心に勇ある時は、悔(くや)むことなし

 ・心賤(いや)しからざる時は、願(ねがい)好まず

 ・心に孝行ある時は、忠節厚し

 ・心に自慢なき時は、人の善を知り

 ・心に迷(まよい)なき時は、人を咎(とが)めず

画像はこちら→http://www.youtube.com/watch?v=bif6-OQWKxE&feature=related

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2008年6月24日 (火)

石の形

もう1ヶ月前のことだったか・・・・。とあるコンビ二に入ったら1冊の本(指導者の条件:松下幸之助)が目に入ってきて思わず購入してしまったのはいいのだが、いまだに92ページしか読めておらず。速読術でもやってみようかなと思ってしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

実は、これも以前から書きたいと思っていたのですが、私の好きな漫画のひとつに「はじめの一歩」という漫画があります。これは、主人公のいじめられっこの少年が一人の男と出会い、強いとは何か?ということを求め、プロボクサーとなり、その日々の成長を描いている漫画なのですが、Round793(83巻)「石の形」の話が、ものすごくよい話で、最近、その話を若手の方に話したりすることが多い。苦痛と思われる方もいるかとは思いますが酔っ払いの戯言と思って今回は読んでもらいたいと思います。

ボクサーを評価するため、スピード・経験・頭脳・体力・破壊力・技術の6項目を挙げ5段階評価として考えた場合(差し詰め、高校野球での各チームを評価する円グラフあるいは私が勤務する会社のケアプラン方式であるKOMIサマリーチャートとして考えてもらえればわかりやすいのではないだろうか)、ジムの先輩で世界チャンピォンにまでなった選手は全てにおいて最高の5段階評価。わかりやすく言うと丸くて大きな石。二人のベテラン選手においては丸くてバランスはいいのだが小さめの石。主人公(漫画のストーリーの話では現日本チャンピォンです)と、その後輩においては、それぞれ持ち味(得意分野)があり、いわば突出した形となっている。確かに突出した石は、いびつな形と言えるが、例えばその石たちをふるいにかけたとすると、当然大きな石は落ちないし、尖った石においては網の目よりも小さいかもしれないが、ひっかかって落ちにくいと予想してもらえるのではないだろうか。

さらに、その石を私達、勤め人で考えるとどうだろうか?大きな石の方ならともかく、自分の得意分野を生かし突出した石となっているだろうか?きっと突出した石は賞与等で評価されるべきものだと思うし、少しでもそういう人材(石)になれるよう私も努力を続けたいと思っている。ただ、それこそ年功序列的なものできちんとルールに沿っていない評価・賞与であるならば、はじめからそんな評価なんてする必要はないだろうと思えてならない。

もっとふかーい話をさせてもらうと専門職の仕事をするだけでは、その個人(社員)に付加価値はないし、経営者から言わせれば変わりは幾らでもいると思われてしまうのではないだろうか?その個人にしか出来ない仕事の確立が必要なんだと思うし、そういう人材を育てることが、これから求められる指導者の条件と言えそうだ。

2008年6月14日 (土)

いきなりベスト10

ブログ記事回数100回目の時は、何かおもしろいことを企画すると話していたのですが、結局忘れてしまい、何も出来なかったことを思い出した今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

ネタ切れというわけではありませんが、冒頭でも書いたとおり、何かしなければと思ったので、今回127回目の記事で中途半端なかたちとはなりますが、今までの記事を自分なりに再度読み直してよかったなあと思う記事をベスト10として再度公表させていただきたいと思います。

第10位:地域とのかかわり(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_0414.html

第9位:94年の大往生(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/94_c377.html

第8位:慣れの恐ろしさ(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_83dd.html

第7位:私のスタイル(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b471.html

第6位:科学的根拠(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_a7c0.html

第5位:申請主義(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_1548.html

第4位:第19回社会福祉士国家試験(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_271c.html

第3位:幸せのかたち(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_e692.html

第2位:日本の心武士道(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_6f33.html

第1位:孔子もすごいけど・・・(http://ryutakemura.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_55a5.html

記事にはその時・その時の思いがあったりするわけなんですけど、その時の思いをありのまま書くことが、次に活かせるための記事だと思うし、日々勉強につながるのかなあなんて考えたりしています。子供達にも、例え私が亡くなったとしても、お父さんってこんな人と孫に教えてくれていたら、それはそれでうれしいかなあとも思います。家は一代、名は末代という言葉が身にしみるわけで・・・。

2008年2月12日 (火)

悔いのない結婚式を

結婚式に参加するたびに、年々創意工夫を感じる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

昨日、職場の方の結婚式に参加させてもらった。今までは同僚や友人としての立場であったので前列で結婚式を拝見することはなかったが、まがいなりにも役職がついたことで前列で拝見することが出来た。やっぱ前列はよく見えるし、本当に特等席なんだなと感じた。そんなもったいない前列の席の恩返しも出来ればと気合いを入れて余興(少しベタなのかもしれないが、藤崎マーケットのラララライ体操をやってみた。あれでもネタはきちんと考えたんだよー。)に挑ませてもらった。職場の方と子供達にはウケてたようで、とりあえず役目は果たせたかなと勝手に思っている。

結婚式の内容だが、両家を代表しての挨拶や新郎の挨拶は見慣れてる光景だが、プロジェクターを使用して、参加してくださった方へのお礼の挨拶や各テーブルにカメラを置くなど、いろいろな工夫を感じることができた。せっかくの晴れの舞台である。これから行う方は悔いのない自分達の結婚式を行ってほしい。

いろいろな結婚式に参加させてもらっているが、その度に思うことがある。それは、私の結婚式は両家の挨拶のみだったので新郎の挨拶はなかったのだ!!あの時はなんか照れくさかったので新郎の挨拶はなしでとお願いしたのだが、今、思うと悔いが残っている。新郎の挨拶はするべきだ!!と長男には話しておこうと思っている。

2007年12月30日 (日)

94年の大往生

もういくつ寝るとお正月。お正月には凧あげて駒をまわして遊びましょう~。こんな歌の歌詞にでてくる子供達なんて今はいないんだろうなあと考えてしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

そんな話はともかく、ここ最近、在宅サービスを利用してくれた方々が死去されている。しかも90代である。ほんとこのぐらいの歳まで生きると遺族の方の顔も心なしかやり遂げたという自負というか穏やな表情にみえるのは私だけなのだろうか。

そういうわけである利用者さんの通夜に参列したわけだが、参列した方々の人数やお供物などの多さにも正直驚かされたが(今まで参列した中で一番だったような)、まず会場入りすると水戸黄門のテーマソングがBGMとして流れていた。どうも亡くなった故人が好きな歌だったそうである。その他にも故人を偲んでもらおうという思いなのか家族団欒の写真やひ孫を背負って笑顔でうつっている本人の写真、先に亡くなった奥様とのツーショットの写真など、どれもこれも思わず参列した方が微笑んでしまうような写真を通夜の待ち時間に大きなスクリーンで拝見することができ、ほんとに言葉としては不適切なのかもしれないが和やかな雰囲気での通夜であったと感じている。

遺族の方も多く、子孫繁栄とはまさにこのことだと感じたし、人との縁を大事にする思いは確実に残された子供達に受け継がれているような印象を受けた。最後に、参列中に思わず私も口づさんでしまった水戸黄門のテーマソング「あゝ人生に涙あり」を書き綴っておこうと思う。私なりに○○さんを思い出しながら・・・。

人生楽ありゃ苦もあるさ
涙のあとには虹も出る
歩いてゆくんだしっかりと
自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとからきたのに追い越され
泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ

2007年11月15日 (木)

日本の心「武士道」

青森市内で、先日大雨のため床上や床下浸水で難儀されていた方もあったようですが、私達が住んでいる市町村でもいつそういう出来事に遭遇してもおかしくないのに、我が家ではまったく準備しておらず、やっぱりのほほん一家だなあと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて本題ですが、もう二ヶ月ぐらい前でしょうか?職場の同僚より「国家の品格」という本を貸していただき拝見させてもらったのですが、これがなかなかおもしろかったので皆さんにも紹介させていただきます。

一番勉強になったのは、情緒力がなく論理思考能力が優れていてもよい結果は見つけ出せない。なぜならば論理には話の出発点が必要であり、論理の出発点を選ぶのは論理ではなく、どういう親に育てられたか、どのような人に出会ったか、小説や音楽を読んだり聞いたりして涙を流したか、恋愛・失恋・片思いを経験したか、悲しい別れに出会ってきたかなど、こういう諸々のことがすべてあわさって、その人の情緒力を形成し出発点を選ばせるからである。

今の医療・福祉のご時世で言えば、まさに出発点が支出の節約となっており、病気で患っていても病院にいけなかったり、家庭上の理由で自宅で面倒がみれないにも関わらず施設へ入所させるお金がなかったり、在宅でも介護をするお金がないため自殺をしたり、無視したり、最後には死に至るケースが多々見受けられます。また出発点が株主のために利益の追求となると法に触れないなら何をやってもいいと話したりする様は、まさにこれに該当する話のように感じました。

それでは、その情緒や形をどうやって育むかという話だと思いますが、筆者はこのように書いていました。国際人を育てようと英語を勉強するのではなく、きちんと国語を勉強すること。とりわけ本を読むことだそうです。また、日本人特有の感性(例えば虫の声を音楽として聞く・桜や紅葉の景色をみてものをあわれむ・お墓参りをして故郷を想うなど)を大事にすることが大切であり、それら全てを兼ね備えている精神こそが武士道であるとの内容でした。

その他、天才を生む土壌には三つの共通点があるそうで、天才は人口に比例してあちこちから出現しているわけではなく一定の国、一定の地域からしか生まれていないとの話や会津藩の什の掟(ならぬことはならぬものです。)など、いろいろ勉強させられることが数多く書かれており育児の参考にしたいと思っていますし、私も見習わないといけません。

ちなみに数日前に長男と○○○○のゲームセンターでパチンコをし、北斗の拳や釣りきち三平の台で777が揃ったと喜ぶこともいいかもしれませんが、本を読んだり、季節を味わってもらうような機会も数多く作ってあげたいなあと思いました。最後にrutemasituさん、本のご紹介ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。

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2007年10月 6日 (土)

遺言

先週から今週とハードな一日を送っていますが、そんな時に若乃花がついに離婚というのはなんとなく予想はできましたが、母親がのこのこ出てきてコメントを話していることにどうも違和感を感じてしまう今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

皆さんもご存知のとおり、先週はかみさんが大阪で行われる学会に参加のため、家事と育児をしていたわけですが、今週のあたまに埼玉に住む私の母の兄(伯父さん)が亡くなったという訃報を聞きました。私も三回ぐらいでしょうか・・・会ったことがあり、小さい時にお小遣いをもらった記憶があります。そんな伯父さんが、死ぬ前にお願いしていたことがあるそうで、それは自分が亡くなったら、地元の墓に納骨してほしいというお願いでした。

普通であれば奥さんや息子さんが、納骨のために青森に来るのが普通だと思いますが、どうもうちの母や母親の姉が気をつかったらしく、自分達は通夜に出れない分、御骨を持ち帰れば、お互いに必要以上の金銭の負担はかからないのでいいだろうということで、私が青森ー埼玉往復間の運転手に選ばれたわけです。

朝の9時頃に青森市内へ母の姉を迎えに行き、その後埼玉へ。なんせ病弱の母と母の姉を乗せていくわけですから必要以上に休憩を入れて着いた時間が夜の8時。約一時間ぐらい、伯父さんの奥さんと息子さんと話をして御骨と位牌を受け取り、その後すぐに青森へ。一時間半ぐらいの仮眠を二回し、着いたのは朝9時半頃で、さすがに疲労感いっぱいではありましたが、母親と母の姉は伯父との約束を果たせたことがよっぽどうれしかったようで、一睡もすることなく青森に戻ってきました。

なんかタイトルから離れて疲れた!!だけの記事になりそうですが、私もこれまで友人の死を三回みてきました。そこで以前から思っていたのですが、私もいつどうなるかわかりませんし、私が死ぬことにより我が家もいろいろな支障が出てくるように思います。そこで、このブログを使って遺言というかメッセージを残しておこうかなあと、今回の件をみてそんな気持ちにさせられたので書き残しておきたいと思います。

私が亡くなったら、この家と土地、そして子供達の名前など、すべてかみさんの指示に従ってください。それだけです。これで、私が亡くなってからの我が家のいざこざも少しは減ったかなと勝手に思っています。

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